
ランナーズハイにハマってます
健康診断で問診を受けた時に、いつも診察してもらう院長先生が一言「よく辞めれたね」と。禁煙して気づいたら4年半経過していた。
ここ最近はアルコールも飲まなくって2年。厳密には年に数回の旅行や実家に帰った時に少しは飲むので完全にやめてはいないけど、習慣として飲むことはなくなった。
休日、街中や旅先で食い道楽のような楽しみ方がなくなって、家で凝った料理もしなくなった。いわゆる美食とか味覚が焦点じゃなくなって、食材と製品表示を気にする健康オタクのオッサンになろうとしている。外食する機会もほとんどなくなった。
やめて得なことが多いけど、コミュニケーションツールという意味で考えたタバコとアルコールの存在はかなり大きい。
喫煙所で仲間同士で談笑してるのを外から見てると、タバコを辞めて失ったのはこうゆう時間なんだろうと思う。
普段は全然タイプの違う人間同士が喫煙所で何度か顔を合わせて、顔馴染みになり自然と会話が始まる。
夕方、繁華街の飲み屋を横目に歩いてると、学生や会社員が楽しそうに飲んでいるのが目に映り、アルコールのいいところってこうゆうことだよなと思うのである。
人間関係を円滑にするための手段として上手にやってるうちはいいけど、ストレスも増えると逃げ道としての手段となって頼り過ぎてタバコの本数、飲酒量も増えてしまうのが怖いところ。気づけば周りはヘビースモーカーと呑んべいばかり、やめるタイミングは正直難しくなるのは私の経験。
意志の弱い私の場合、タバコやアルコールをやめるというより、タバコやアルコールの付き合いをやめるという方が正しい気もする。
必然的に夜遊びはしなくなって、付き合いは減ってしまうけど、よく眠れて、よく食べるようになった。長い間アルコールとタバコに縛られてた事に気づいて、やめたらこんなに自由なのかと思った。
とまあ、このまま聖人でも目指すのかって話で、俗っぽい私にそれは無理なので、それなりに他の何か娯楽に多少なり依存して時間を使うこととなる。
依存の悪いイメージ代表例といえばギャンブル、セックス、ドラッグだけど、お金に余裕があって、自己責任の範囲でほどほどに付き合えたらいいんだろうけど、結局のところ結論として習慣にするんだったら自分が得することがいいわけで、お茶かコーヒーが無難で音楽、アート、スポーツに打ち込むのが理想的だと思う。
もし外国だったら他に選択肢もあって、欧米に住んでたら大麻をやってるかもしれない、中東に住んでたらカートをやってるかもしれない、はたまた南米アンデスの高地にでも住んでたらいコカ茶を飲むという選択をしているかもしれない。
そんな事ばっか考えてたら、糖質という選択肢があった。
今までまったく食べなかった甘い物を食べる機会が増えてしまった。
気づけば食後に甘いものが習慣化して太った。糖質の摂り過ぎは身体の負担になると複数の医者が雑誌やyoutubeで言ってるのを見て、さすがに糖質を完全にやめれるわけもないので自宅では黒糖、玄米、全粒粉を食べる事にしてジュースはやめて炭酸水にした。
そんなわけで日常的な運動習慣が必要なのだと感じてジョギングを始めた。
2年が経過すると習慣になった。
で、最近気づいたことなのだけど、ランナーズハイに依存してるのかもしれない。
走る前は憂鬱でも、1時間も走ればハイな気分。嫌なことがあって悩んでも走った後の気分はハイなのだから不思議。登山だとそれに景色も加わる。
そんなわけで、ジョギングしたり山を歩いたり登ったりしてます。
ん??話それてきたけど結局何の話だっけ??
ウカウカ立ち止まってられなくなって今日もジョギングしてます。
